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413135別室

413135の別室

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小説 ~感謝の言葉←タイトル~

 私の高校には学級旅行というものがあった。毎年四月
に行われる学級単位の日帰り旅行で、主に同級生たちと
の親睦を深めることが目的であるそうだ。
 私の学級は、石狩の海辺で焼肉をするということにな
ったのだが、その費用として一人3000円ほど掛かる
という。別段大したことのない出資という訳である。
 私をはじめ同級生たちは二、三日の内に学級代表に金
を渡し来る旅行の日を楽しみにするのみであった。
 しかし、一人の男が頑なに金を払おうとしない。代表
が何度も催促しても、払わぬ、行かぬ、と繰り返すのみ
だった。
 旅行に行くつもりがなく、払わないならば別にいいで
はないか、というのが私の考えではあったのだが、どう
も周りはそうは思わないらしかった。
 旅行に行くつもりがないというのは、自分たちと関わ
るつもりがないということなのだ、という一部正論じみ
た判断は、まだ若き学生たちの気分を著しく害したらし
い。
 関わらぬならばここに在るな、という気風が学級中に
満ち溢れた。学生の一部は露骨な嫌がらせを彼に行い、
他の学生たちもつとめて彼から距離をとるようになって
いく。ついには、彼に近付くのは金を催促する代表のみ
となった。
 私はその人の流れを淡々と眺めていた。私にとっては
実にどうでもいいことであるし、ある種病的な彼らの動
きは面白くもあったのだ。私が部外者である限りにおい
ては。
 しかし、旅行が近くなり、いよいよ手が詰まってきた
代表は苦肉の策をとった。曰く、困ったら人に頼む。
 無関心な私の態度は、幼き代表の少女には達観してい
ると映ったらしい。面倒であることはわかっているけど、
という前置きとともに、彼への説得を依頼してきた。
 私は渋々とその依頼を引き受けることになった。
(渋々と、とはいっても、私には多少彼の境遇が気にな
ってはいたのだ)

 その日の放課後。私は彼に声を掛けて家に連れて行く
ようにと頼んだ。彼はうろんげな表情で私を見た後、何
もないが、と言いながら承諾した。
 果たして、彼の家には本当に何も無かった。いや、家
というのだから当然天井や壁などはあるのだが、調度品
の類が全くといって良いほどない。せいぜいあるのはち
ゃぶ台程度のものだ。
 しかし、そこには子供が何人もいた。全て彼の弟や妹
だと言う。残念ながら、と彼は呟いて、この通り俺には
遊びに使う金などない、と私に断言した。
 なるほど、と私は相槌を打つ。これは確かに、と。
 彼は台所から端が欠けた湯呑みを持ってきた。菓子の
類はないぞ、と彼は盆を脇に置く。私は、ああ、と言い
ながら湯呑みを受け取った。口を付ける。ぬるい水だ。
 彼は自分も湯呑みに口を付けると、私の目をじっと見
てきた。私が、なんだい、と聞くと彼は、いや、何でも
ないと答える。
 実はこの時、私は非常な好奇心に駆られていた。その
好奇心から私は彼の顔をまじまじと見つめていたのだ。
彼が私の顔を見てきたのは、それに気付いたからに他な
らない。
 ところで、と私は少し身を乗り出した。君は同級生の
ことをどう思っているのかね、と。
 彼は、目を瞑り考え込むような体をとった。そして、
充分に間をとった後に、幸せな奴らだな、と言った。も
う帰ってくれないか、と付け加えながら。

 玄関に行くと、彼は私に礼を述べながら、代表に伝え
てくれと、言伝を頼んできた。私は、確かに伝えておく、
と返事をして彼の家を出た。

 翌日、私はその言葉を代表に伝え、顔を赤らめる彼女
の様子をにやにやと眺めることになる。
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[12/24 えいじ]

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